大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和30年(ヨ)4758号 決定 1956年7月02日

申請人 増田二郎

被申請人 東日本交通株式会社

主文

申請人の申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一、申請の趣旨

被申請人が申請人に対し昭和三十年五月三十一日附でなした同年六月三十日限り解雇するとの意思表示の効力を仮に停止する。

との裁判を求める。

第二、当裁判所の判断の要旨

一、被申請人会社(以下単に会社ともいう)は一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー業)を営む会社であり、申請人は昭和二十七年二月二日会社に自動車運転者として期間の定なく雇傭されたものであること。会社は昭和三十年五月三十一日申請人に対し、申請人が同年五月七日午前一時頃東京都新宿区四谷一丁目附近において助手台に乗客を乗車せしめ、メーターの空車標識を空車の位置としたまま賃走するところの助手台乗車(メーター不倒、いわゆる煙突行為)をなしたとの故を以つて同年六月三十日限り解雇するとの意思表示をなしたこと。

右の事実は当事者間に争がない。

二、申請人は右解雇理由とされた如き所為をなしていないがら、会社の右解雇の意思表示は錯誤に基くもので無効であり、また、虚無の事実を理由とするもので解雇権の濫用であるからこの点からも無効であると主張するが、疏明によれば以下の如き事実が認められる。

タクシー業界においては、ハイヤータクシー事業の質的向上と交通事故の防止、接客サービスの改善などを図るため、東京旅客自動車指導委員会なるものが組織されており、同委員会ではタクシー運転者のメーターの不正操作その他の違反行為を調査するため、指導員らを屡々街頭指導に派遣していたのであるが、偶々昭和三十年五月七日午前一時六分頃同夜四谷見附交叉点附近において街頭指導に当つていた同委員会の指導員片岡敬次他二名は助手台に女性一名を乗車せしめ、メーターの空車標識を倒さずに四谷見附から四谷二丁目方面に向つて走行するオースチン五五年型、車輛番号五―九二九三六号のタクシー自動車を確認し、これを指導委員会に報告した。委員会において右車輛番号から調査したところ、当該車輛は被申請人会社の車輛なることが判明したので、同月十二日郵便でこれを被申請人会社に報告した。会社でも早速当夜右車輛を運転して流し営業をなさしめた自動車運転者を調査したところ、当該運転者は申請人であることが判明したので、会社は翌十三日申請人につき右事実を調査したが、申請人は当夜同時刻頃四谷見附附近を走行したことはない旨主張し、全く覚えのないことと否認した。そこで、会社では高橋総務部長及び中村業務部長が指導委員会に赴き、当夜当該車輛発見の状況をただしたところ委員会側より右報告通りの事実に間違いないとの回答を受けたので会社もその事実の存在を確実であると信じ申請人の反省を待つていたが、否認の態度を改めないので、同月三十一日に至り同年六月三十日限り解雇するとの予告をなした。

右の事実が認められる。

申請人は、指導員がなす指導報告は誤なきを期し難いとして、誤認の例を疏明するのであるが、疏明によれば、本件の場合三名の指導員はいずれも当該車輛の助手台に女性が乗車していることを確認し、それぞれ別個に検した車輛番号を各自の手帳に記したところ、記した番号はいずれも一致していたのみならず、三名とも当該車輛がオースチン五五年型であることを確認し、うち、片岡指導員は車輛の色が薄色で且つメーターの型式が新メーター(メーターの型式には旧メーター小型メーター及び新メーターの種類がある)であることをも確認しており、右諸事実はいずれも当夜申請人が運転していた車輛のそれと一致していることが認められるから、本件における指導員の現認が誤認といえないし、一方申請人は当夜申請人の車輛を他人の運転に委ねた事実がないことも疎明により明らかであるので、申請人は解雇理由のごときメーター不倒、いわゆる煙突行為をなしたものと断定するのが相当である。この認定に反する疎明は信用できない。

よつて、申請人が所行為をなしていないとの前提に立つ右主張はいずれも失当である。

三、次に、申請人は仮に申請人にメーター不倒、いわゆる煙突行為をなした事実ありとするも、ただ一回のかかる所為を理由に解雇することは解雇権の濫用であると主張する。

而して、疎明によれば、被申請人会社の従業員でいわゆる煙突行為をなしこれが発覚したものは昭和三十年のみでも四十余名に及ぶが、右所為者の大部分は解雇処分までは受けていないこと、従来から被申請人会社では会社従業員が煙突行為をなしたことが発覚しても、当該従業員がその非を卒直に認めた場合には、平常の成績をも考慮して始末書提出にとどめる方針で来ていること、また各タクシー業者も一回の煙突行為では必ずし解雇処分をなすことなく、悪質な事案は格別として一回目は始末書提出、訓戒制裁金の徴収などの処分にとどめている業者も多い現状であることが認められる。

しかしながら、本件を見るに、疎明によれば申請人はいわゆる煙突行為をなしたこと右認定の如くでありながら、会社当局者からこの点を問質されても否認し続けるのみであつたことが認められる。自己の所為の非を認め、会社に陳謝する態度に出れば兎も角として、右の如く毫も反省の色が見られない態度に出られては、会社として始末書提出などの軽い処分に止める余地なしと判断したのは無理のないところであるから従令一回の煙突行為であつてもこれを理由に解雇されても本件解雇をもつて解雇権の濫用ということはできない。

四、申請人は本件解雇はメーター不倒、いわゆる煙突行為に藉口してはいるが、実は申請人の活溌な組合運動を理由とするもので、不当労働行為であるから無効であると主張する。

被申請人会社従業員は東日本交通労働組合(以下単に組合ともいう)を結成しており、申請人は昭和二十九年十二月から組合書記長、昭和三十年四月から六月六日まで組合委員長の地位にあつたことは当事者間に争ない。而して疎明によれば申請人は昭和二十九年十二月十一日会社従業員が組合を結成すると同時に書記長に選出されたのであるが、会社側は右組合結成に際し社長から組合を結成したら総員馘首すると述べ、或は事業を閉鎖すると通告するなどの態度に出たため、二日間にわたり会社組合間に争議状態が続いたこと、昭和三十年二月頃に至り会社の高橋総務部長及び中村業務部長は従業員を控室に集め、組合を解散しない限り事業を閉鎖するから組合を解散するようにと申述べ、組合を存続させるか解散するかを組合員の無記名投票で決定するよう勧告するという事件があつたが、申請人らが会社側のかかる行為は不当労働行為であると抗議し、無記名投票にまで至らず組合は存続することとなつたこと、同じ頃から組合は会社に賃金値上を要求して交渉を続けていたが、三月下旬に至り組合は右要求貫徹のためストライキを決行し、四月六日の協定書調印によつてこの争議は妥結したこと、申請人は組合結成以来右妥結に至るまで組合書記長として会社との交渉、闘争の指導などに当つてきたのみならず、右妥結後も就業規則の改訂、労働協約の締結などに関し会社組合間に交渉すべき問題が残されていたから、四月下旬組合委員長に選出された申請人はその後も再三会社との団体交渉に当つていたことなどを認めることができる。右諸事実によれば、申請人は本件解雇に至るまで活溌な組合活動をなしている一方、会社は従業員による組合結成及びその後の組合活動を嫌悪していた事実は窺うに難くない。しかしながら、本件解雇に至る経過を見るに、会社は申請人が自己の非を認めたならば始末書提出程度の処分に止めるべく申請人の反省を期待していたが、申請人がその態度を改めないので止むなく解雇予告を決意したことが疎明により明らかであり、しかも本件解雇が申請人の不正行為に対する処分として必ずしも妥当性を欠くものでないことさきに認定のとおりであるのに照らしてみると、右認定の申請人の組合活動が本件解雇の決定的原因であるとは認められず却つて申請人のメーター不倒そのものが本件解雇の決定的原因であると認めざるを得ない。

よつて、この主張も理由がない。

五、以上の次第で、申請人に対する解雇の意思表示が無効であると主張するところはいずれも理由がないから本案請求権の存在の疎明のない本件申請を却下すべきものとし、申請費用の負担については民事訴訟法第八十九条に則り、主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 岩村弘雄 三好達)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例